雪原に消ゆ、愛の残光


猛吹雪が、視界を無慈悲な白一色へと塗りつぶしていく。

「みんな！ リリィ！ デイジー！ どこにいるの！？」

ウェディングピーチ――花咲ももこの悲痛な叫びは、轟音を立てて渦巻く雪風に呑み込まれ、誰の耳にも届かない。つい先ほどまで背中を預け合っていた仲間たちの温かい気配は、この異常な冷気の中で完全に途絶えていた。変身能力を持つ悪魔、雪之丞が放ったこの猛吹雪は、愛天使たちを分断し、広大な雪原に孤立させてから一人ずつ確実に仕留めるための、狡猾にして周到な罠であった。

「くっ……こんなところで、立ち止まってる暇なんてないのに……！」

ピーチは凍える腕を抱きしめながら、一寸先も見えない雪原を警戒して歩みを進める。しかし、敵は彼女が肉体的にも精神的にも疲弊し、わずかな隙を見せるのを暗闇の奥からじっと待ち構えていた。

「見つけたでおじゃるよ。愛天使」

不意に響いた優雅かつ冷酷な声。雅な響きとは裏腹に、雪之丞の放つ殺気は鋭くピーチの心臓を射抜く。雪風が割れ、三体の強敵が彼女を取り囲むように姿を現した。りゅっくは、楽しげに宙を舞いながら背中のリュックサックを揺らしている。ソージ鬼は、手にした巨大な掃除機のノズルを兵器のように構えていた。彼は自らの実力に絶対の自信を持ち、ピーチを見下ろすような余裕を見せている。

「逃げ場はないでおじゃる。ここで愛のウェーブを全て吐き出すがよい」

雪之丞が冷ややかに命じると、りゅっくが先陣を切った。彼がリュックサックを大きく開き、放った黒い電撃が、ピーチの足元を激しく抉り飛ばし、雪を黒く焦がす。

「きゃああっ！」

爆風に吹き飛ばされ、冷たい雪原を転がるピーチ。すぐに体勢を立て直そうとしたその時、背後から無骨な気配が迫る。ソージ鬼だった。彼は無言のままノズルを向け、凄まじい力で周囲の空気ごとピーチの身体を引きずり込もうとする。

「させないっ……！」

必死に踏みとどまるピーチ。度重なる回避行動で体力の消耗は激しく、仲間からの援護は一切ない。息はすでに限界近くまで上がりきっていた。

（このままじゃ、ジリ貧だわ……一気に決めるしかない！）

覚悟を決めたピーチは、残されたなけなしの気力を全て振り絞る。愛のウェーブを極限まで高め、眩いピンク色の光が彼女の全身を包み込んだ。それは吹雪の闇を切り裂く、唯一にして最後の希望の光。

「セント・ミロワール、ブライダル・フラッシュ！！」

セント・ミロワールから清らかな愛の光線が一直線に放たれる。これならば悪魔の力も浄化できる――そう確信した瞬間だった。

「その程度の技、拙者には造作もないでござる」

ソージ鬼は一切怯むことなく、自ら光線へと向かって躍り出た。圧倒的な自信を裏付けるかのように、巨大なノズルを構え、光線の奔流を真正面から受け止める。聖なる光は巨大な渦を巻いてノズルへと吸い込まれ、ピーチが全霊を込めた愛のウェーブは、一滴残らず悪魔の体内へと軽々と消え去ってしまった。

「そんな……嘘……私の愛が……！」

最大の切り札を無効化され、絶望に身体が凍りつくピーチ。その隙を、悪魔たちが見逃すはずがなかった。

「隙あり！　ぺたんシール！」

頭上でりゅっくが笑い、一枚のシールを軽快に投げ下ろす。標識シールはピーチの額へとピタリと張り付いた。瞬間、ピーチの身体が強制的に固定される。

「動けない……っ！ そんな、卑怯よ！」

標識シールはピーチの肉体の自由を奪い去ったが、呪縛は彼女の言葉までは封じ込めなかった。悔しさを露わにし、必死に悪魔たちを罵るピーチ。そこへ雪之丞が、ゆっくりと歩み寄る。雪之丞は自身の右手をかざすと、指先から青白いスパークを散らし、電撃を放って威嚇した。彼はピーチの目前で、ゆらりと姿を変える。ドロドロと溶け、再構築されたその姿は――親友である、エンジェルリリィそのものだった。

偽りのリリィは、本来の彼女が決して見せることのない冷酷でサディスティックな笑みを浮かべ、石のように固まったピーチの眼前へと歩み寄る。その瞳には、ピーチに対する愛着など欠片もなく、ただ獲物を追い詰める愉悦だけが宿っていた。

「驚いた？ ももこ。あなたのその脆い心、私が一番よく知っているのよ」

偽リリィは指先でピーチの頬を優しく、しかし凍てつくような力でなぞった。ピーチは仲間と同じ顔、同じ声を持つ悪魔の卑劣な仕草に、全身を戦慄させる。

「リリィ……どうして……！」

「どうしてって、決まっているでしょう？ あなたが私を信じているから、こうして絶望する顔が見られるのよ」

偽リリィは高笑いし、背後に控えるソージ鬼たちに合図を送る。

「さあ、極上の愛のウェーブ、三方向からいただきましょうか」

ピーチを中央に、偽リリィ、ソージ鬼、りゅっくが包囲網を完成させる。偽リリィはピーチの胸元に手を添え、至近距離から愛の力を直接吸い上げ始めた。

「あぁっ……！ や、やめて……お願い、やめて！」

声が封じられていないからこそ、ピーチの苦悶の声は鮮明に響き渡る。偽リリィは苦しむピーチの表情を、まるで芸術品を鑑賞するように覗き込み、鼻先が触れ合うほどの距離で囁いた。

「もっと苦しんで。あなたの愛が、私の一部になっていくのが心地いいわ」

まずソージ鬼がノズルで正面からエネルギーを脈動させるように吸い上げる。続いて、りゅっくが背後からリュックサックの口を大きく広げ、ソージ鬼と同様に愛のウェーブを吸い始めた。ソージ鬼のノズルが物理的な吸引を行うなら、りゅっくは広範囲を巻き込む渦のような吸引でピーチの愛の波動を逆流させる。激痛にピーチの喉が悲鳴を上げるたび、偽リリィは愉悦に満ちた表情で彼女の肩を強く締め上げた。

「さあ、見せてあげるわ。お前の今の姿を」

偽リリィは、おもむろに雪之丞の変身能力をさらに引き出し、今度は「ウェディングピーチ」そのものへと変身を遂げた。自分自身が目の前にいる――その異様な光景に、ピーチは息を呑む。偽りのピーチは、本物のピーチと瓜二つの顔で、最高に醜悪な笑みを浮かべてみせた。

「自分自身に蔑まれる気分はどう？ 惨めでしょう？ あなたの愛なんて、この程度のものなのよ」

偽りのピーチはピーチの頬を冷たく撫で、そのまま胸元の赤い宝石に指をかけた。

「見よ、愛天使の輝きが消えていく様を。お前の愛など、所詮はこの程度のものに過ぎないのよ。貴女の希望は、今この瞬間に枯れ果てるの」

偽リリィ、いや、偽ピーチは執拗に、ピーチの頬を撫で、髪を乱し、精神を崩壊へと追い込んでいく。抵抗できぬまま、ピーチはただ自分の内側から温かい光が吸い出され、漆黒の虚無に満たされていく感覚に泣き叫んだ。

「っぐぅ……ぁああっ！ やめて……私を、奪わないで……！」

心臓が握り潰されるような圧迫感。愛のウェーブを全て失うことは、変身の基盤を奪われることと同義だった。装甲には深い亀裂が走り、偽ピーチは割れた胸当ての隙間から、まるで宝物を掘り出すかのようにエネルギーを抉り出す。

「おやおや、そんなに泣かなくても良いのよ。すぐに楽にして差し上げるから……貴女のその愛の心、最後の一滴まで飲み干してやるわ！」

偽ピーチの冷酷な言葉は、ピーチの心臓を直接抉るナイフよりも鋭かった。彼女は再び冷笑を浮かべる。ピーチの聖なる輝きが霧のように薄れ、肉体を覆っていた魔法の衣が崩壊の予兆を見せ始めた。

「……あ、あぁぁぁっ！」

肉体に蓄えられていた愛の波動が、限界を超えて引きずり出される。それは精神を擦り潰し、魂を削り取るような苦行だった。ピーチは己の存在が希薄になっていく恐怖に震え、声を枯らして助けを求めた。

「誰か……誰か……！」

雪之丞（偽ピーチ）はそんな彼女の悲痛な叫びを、極上の音楽のように聞き入っていた。

とどめを刺すべく、三体の悪魔が共鳴する。ソージ鬼は最大出力でノズルを稼働させ、りゅっくは背中のリュックから凄まじい吸収の渦を放ち、偽ピーチはピーチの胸の宝石に直接指を突き立てて愛の核心を強引に引き剥がした。

「壊れなさい、愛天使！」

偽ピーチの冷酷な宣告と共に、三方向からの強烈な負荷が頂点に達する。ピーチの全身からピンク色の光が爆発的に散り、彼女は視界が真っ白になるほどの激痛に飲まれた。

「ああぁぁぁぁぁぁっ！！」

魂を抉り抜かれるような悲鳴が雪原を揺らす。最後の愛のウェーブが吸い尽くされたその時、額のシールが乾いた音を立てて剥がれ落ちた。

呪縛から解放されたピーチの肉体は、変身を維持するエネルギーを完全に喪失した。しかし、彼女の身体は無防備な元の姿に戻ることはなく、無残な亀裂が走った肩パッドや胸当て、輝きを失い砕けかけた胸元中央の赤い宝石など、痛々しいダメージを刻み込んだ愛天使の姿のまま、冷たい雪原へと力なく崩れ落ちた。

「ふふふ……素晴らしい味でおじゃった。だが、これで終わりではないでおじゃるよ」

満足げに嗤う偽ピーチ――雪之丞は、意識を失い雪に伏すピーチを見下ろしながら優雅に指を鳴らした。
瞬間、周囲の雪が生き物のように渦を巻き、極低温の冷気がピーチの身体を包み込む。瞬く間に形成されたのは、透明で分厚い巨大な氷の十字架だった。気を失ったピーチは、ひび割れた装甲を纏ったまま、両腕を広げた痛々しいポーズで氷の内部へと完全に閉じ込められる。

「さあ、この極上の供物を使って、分断された残りの愛天使たちも一人ずつ、確実にもてなしてやるでおじゃる」
